第十二話

700 名前: ◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 22:51:03.74 ID:D2HXjkuY0

(;´_ゝ`)「・・・・・・・・・。」

帰りたい。
心の底から兄者はそう思った。
前方から跳んでくる椅子をかわすため、兄者はその場にしゃがみ込む。
その真上を、物凄い風圧と風切り音を持って椅子が通り過ぎていく。
自分の右腕に握られた長ドスが、突然頼りないものに見えてきた。

(#'A`)「ちょこまか逃げんじゃねえよ!!!!糞野郎!!!何様のつもりだ!!!死ね死ね死ね死ね!!!!」

兄者の目の前で、ひょろりとした体型の小柄な男、ドクオが、周囲にあるものを手当たり次第に掴んでは振り回し、投げ捨てている。
その体のどこにこれほどの力があるのか、周囲にある家具や置物を大きいものから順に苦もなく持ち上げていく。
今はドクオは両手に木製の椅子を一つずつ持って振り回している。
四本ある椅子の足のうちの一本を持って振り回しているが、どう見ても片腕で振り回せるような椅子ではない。
兄者がそう考えていると、右手に持った椅子を振り上げて構えたドクオが急接近してくる。
腕力だけではなく、脚力も半端ではない。
間一髪、兄者の飛びのいた後の地面をドクオの振り下ろした椅子が打つ。
破砕音。

701 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 22:51:29.36 ID:D2HXjkuY0

どれだけ強い力が込められていたのかは兄者には推し量れなかったが、床 に叩きつけられた瞬間、ドクオの手が握っている少し上から椅子の足がボキリと折れた。
まるでビスケットでも砕くかのように細くはない椅子の足が折れる光景は、見たものでなければ容易には信じられないだろう。
さらに地面にぶつかった部分も砕け、木片となって周囲に飛び散る。
飛び散った木片の欠片から目を守るため、兄者は反射的に長ドスを握った右腕を上げて顔を覆う。
そこに、間髪居れずドクオの左手に握られた、先ほどと同じタイプの椅子が振り下ろされる。
兄者の掲げられた右腕へと。

(;´_ゝ`)「・・・・・・・・・ッ!!」

兄者は咄嗟にスウェーバックして、衝撃を殺そうとするものの、ドクオの圧倒的な力で振り下ろされた椅子の衝撃は殺しきれない。
ドクオの間合いの外へと逃げ、痺れる右腕から左腕へと長ドスを持ち帰る。

(;´_ゝ`)「咄嗟に後ろに下げて、衝撃を受けたのは一瞬だったはずだ。にも関わらず、なんだこの衝撃は・・・。」

―――こりゃまともに受けたら死ぬな、俺。
兄者の背筋を冷たい汗が伝う。

702 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 22:52:01.45 ID:D2HXjkuY0

(#'A`)「ふざけんな!!!避けんじゃねえよ!!!てめえもうマジ 許さねえ!!!楽に死ねると思うんじゃねーぞ!!!」
(;´_ゝ`)「もうやだ。こいつの相手したくない・・・。」

―――なんなんだコイツは
兄者の思考は十五分ほど前、武運組の事務所に突撃してきたときまでさかのぼった。






ワゴン車から降りるなり、兄者は先陣を切って突撃した。
輪呂巣会の中でも有数の規模を誇る組だけはあって、武運組の事務所ビルは広かった。
どこかの大企業の支社だと言っても誰も疑わないであろう大きさと清潔さを誇っていた。
中に潜んでいたのは紛れもないヤクザ者ばかりだが・・・。

突撃が始まってから五分程だって、兄者は仲間達とはぐれたことに気がついた。
 
704 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 22:52:31.30 ID:D2HXjkuY0

(;´_ゝ`)「どうしよ・・・。」

兄者は悩んだ。
何も考えずにともかく突っ込んできたことを後悔した。

( ´_ゝ`)「まあ、今必死に合流しようとするよりも、ここの組員全部バラしてから探した方が楽だよな。」

後悔は一瞬だった。
それから気分を切り替えて、適当に事務所ビルの中を散策しようとすると、ビル内のエレベーターが開いて五人ほどの男たちが降りてきた。
おそらく武運組の組員だろう。
全員、手に手にバールや日本刀を抱えている。

( ´_ゝ`)「結構マシなエモノ持ってんじゃん。先頭のは結構”使い”そうだ。」

目の前に迫る男たちを前に、兄者はどこか他人事のように呟く。
日本刀を抜いた男、兄者が『使いそう』と評した男を先頭に向かってくる。
その後にバールを持った男、木刀を持った男、そいてゴルフクラブを持った男が二人、続いている。
目に疑いようのない敵意を携えて。

715 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:22:30.77 ID:D2HXjkuY0

だが兄者は焦らなかった。
相手は五人だが、自分が居るのはそうそう広くない、事務所ビルの廊下だからだ。
せいぜい、同時に飛び掛ってこれるのは二人がいいところだろう。

エレベーターから先頭になって出てきたのは日本刀を持った男だったが、最も早く接敵してきたのはバールを持った男だった。
この五人の中で一番足が速いのだろう男は、接敵するなり疾走の勢いを上乗せしてバールを振り回す。
結構スピードの乗ったその一撃を、兄者は逆に相手に体を密着させる事で捌いた。
まさか、後ろに下がって避けられるとは思っても、さらに接近してくるとは思わなかったのだろう、バールの持ち主は兄者のその行動に面食らっ た。
バールを持った腕の肘の辺りが、懐に飛び込んできた兄者の方に当たるが、そんなものが居たいはずもなく、兄者は左手で逆にその手を握り、右 手を相手の脇腹へと押し付ける。
当然、長ドスはもう抜かれ、兄者の右手の中に握られている。
肋骨の隙間を縫うように、寝かせた刃がバール男へと突き刺さった。

「が・・・・・・ッ!!」

相手が苦しげにうめくが、兄者の長ドスは止まらない。
そのまま、自分が掴んだ相手の腕の腕の腱を切断、返す刀で相手の首筋へと刃を押し当てる。
相手が咄嗟に反応して刃へと無事な左手を伸ばすが、兄者は長ドスを握る右手にさらに左手を沿え、
刃をを握ったバール男の左手ごと横に振り切る。

716 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:23:03.80 ID:D2HXjkuY0

刃の摩擦で首の血管と、左手の指を切断された男がその場に倒れこもうと するが、兄者は左手一本でそいつの体を支える。
絶命したバール男の背後から、ゴルフクラブを持った男のうちの一人が、そのエモノを振り下ろそうとしていたからだ。
ゴルフ男の振り下ろしたドライバーは見事、バール男の死体の背へと命中。
バール男の背で視界をさえぎられたゴルフ男はうろたえるが、一瞬後にはその顔が苦痛に歪んでいる。
死体となったバール男の襟首を掴み、その死体をさらに高く掲げた兄者が、死体の股に手を通して、男の股間を下から切りつけたからだ。
もはや用無しとなったバール男を放り捨て、兄者は長ドスの先端を、股間から下腹まで進ませる。
切られた隙間からピンクの小腸が一瞬垣間見えたが、兄者は構う事無く一瞬のうちに下腹まで進ませた刃を横に切り抜く。
腹の筋肉の硬い手ごたえを感じつつも、勢いに任せて無理やり切り抜く。
さらに腹を横に裂かれたゴルフ男は、腹圧で下腹の傷口から腸をこぼしながら絶叫し、涙を流しながら地面をのた打ち回る。
この場を生き延びても、男は生涯腸に障害を持つ事になるだろう。
可哀想に思った兄者は、転がるゴルフ男の首を、体重をかけて思い切り踏みつけ、頚骨を粉砕する。
自らの慈悲深さに感動し、死んだ男の常世での冥福を祈る兄者に対し、残った三人の男たちは遠巻きに武器を構えて攻めあぐねていた。
数秒のうちに二人の人間を死体に変えた兄者を目の前にして、明らかにうろたえている。

717 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:24:29.64 ID:D2HXjkuY0

「俺が行く。」

兄者を睨んだ瞳に覚悟と殺意をたぎらせながらも、日本刀を持った男が前に出た。
男の持つ日本刀は大脇差ではなく、鍔元の無い太刀だった。
拵えは木製だ。おそらく実用剣ではなく、装飾用の剣だろうが、その刀は刃物の持つ威圧感、迫力を十二分に有していた。
装飾用だからか、やたらと澄んだ、乱れ刃の刀身が妖しく輝く。強度はともかく、切れ味はかなりよさそうだ。
男は白木の鞘から刀を抜くと、利き手を柄の端に、左手を鍔元に。相手に対して正眼に構える。
兄者の”結構使いそうだ”という先ほどの言の通り、男の構えは様になっていた。
事実、その男は武運組の鉄砲弾の中でもまとめ役のような立場にあり、今の武運組では若頭補佐役の内藤と、その舎弟のドクオに次ぐ立場にある と言っても過言ではない。
それに対し、兄者はただ長ドスを握った右手を下に垂らし、ぶらぶらとリズムを取るように揺らすだけだ。
誘っている。
男はそう悟り、警戒しつつもその誘いに乗った。
勢いよく踏み込み、相手の頭頂部目指して渾身の力で叩きつける。
鍔元に添えた左手を支点に右手を思い切り動かし、テコの原理で刀を動かしつつも、自らの腕も振り切る。
二の太刀を考えていない、一撃で相手を仕留めようとするかのような、気迫の篭った一撃だ。
先ほどの兄者の戦い方を見た限り、あの素早い動きと近接格闘技術を相手に長く戦うのは分が悪いと踏んだのだろう。

722 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:44:16.30 ID:D2HXjkuY0

男の動きに対応するように、兄者も動いた。
兄者の長ドスはせいぜい七十センチより少し長い程度、対して男の持つ太刀は確実に一メートル以上ある。
間合いで勝っているのは男、さらに先に動いたのも男だったが、先制攻撃を加えたのは兄者だった。
さして広くないこの廊下で横に刀を振るわれたのならともかく、縦に振るわれたのならいくらでもかわしようがある。
兄者はそのまま刀の振り下ろされる軌道から外れつつも男の左の二の腕を浅く切りつけた。
本来ならどこか急所を狙いたかったのだが、男は斬撃が避けられると見るや、咄嗟に刀を中空で止めていたからだ。
無理に相手の懐に入ろうとすれば、相手の二の太刀を食らっていただろう。
兄者相手に一撃必殺を狙うのが難しいと悟ると、男は刀を右手一本で握る形に持ち替え、左手を自由にした。
これで、いざと言う時に兄者に懐に飛び込まれても左手を犠牲に身を守る事ができる。
兄者に勝つ事が犠牲無くしては不可能だと、覚悟を決めたのだろう。
今までの構えを崩した、我流の構え、というより構えにすらなってない体制だ。
だが、兄者の目にここではじめて軽い警戒の色が浮かんだ。
いざと言うときに型を捨てて、自分なりの戦い方ができる奴は、強い。
男が無言で踏み込み、先ほどの反省を踏まえて、右手一本で刀を横薙ぎに振った。
兄者が後ろへと下がる。
刀は廊下の横の壁に多少食い込みながらも、甲高い音を立てて止まる。
男はそのまま刀の刃を反転させ、今度は逆方向、右側から左側へと振るった。
リーチの違いから、兄者の防戦一方になるかと思われた、次の瞬間、兄者が動いた。
 
724 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:44:40.87 ID:D2HXjkuY0

上体だけ後ろに下げて、刃を紙一重でやり過ごすと、足を一歩後ろに下げ て上体のバランスを取る、だけに留まらず、その足にさらに力を込めて男の間合いに踏み込む。
男の右手は手の甲を外側に向けた状態で、刀を左の廊下の壁へ振っている最中だった。
男が急いで無理に腕に力を込め、刀を反転させ迎撃しようとする。
だが、間に合わない。
兄者が長ドスの刃の背に左手を沿え、静かに男の手の甲を撫で切った。
人の掌の裏側には、指を動かすための腱が集中している。
それを切られた男に、もはや刀を握る術はない。
この瞬間に、勝敗は決した。
だが、兄者の長ドスは止まらない。
そのままさらに左手を動かし、相手の右の二の腕を掴み、左側、兄者から見て右側に伸ばしたままに固定する。
兄者はそのまま相手の腕の外側に回り、長ドスを握った腕を走らせる。
男は、防御のために自由にさせておいた左腕を兄者の居る、自らの右腕の外側に向け、何時でも対応できるようにしておく。
自らの手の甲を切られ、刀を取り落としたにもかかわらず、痛みを無視して左手を防御に回した男の動きは十分及第点と言えよう。
だが、兄者の動きはそれだけでは捉えられなかった。
兄者はくるりと右腕一本で長ドスを逆手に構えなおすと、そのまま、相手の右腕を掴んだ左腕を支点にして、相手の背後に回りつつもバックブ ローで長ドスによる一撃を放った。
左腕を体の前に持ってきていた男には、防ぐ手立ては無い。
男の背に自らの背を合わせるような態勢から、逆手に構えた長ドスが男の背を抉る。

725 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:45:42.40 ID:D2HXjkuY0

男が痛みにうめいた瞬間、兄者の長ドスはさらに相手の背を切り裂きなが ら上昇。
延髄を切り裂いた。
男は静かに倒れ、絶命した。
男の背後に控え、固唾を呑んで戦況を見守っていた二人の男の顔が、恐怖で歪むのがわかった。

( ´_ゝ`)「実戦で今まで自分の馴れ親しんだ型を捨てて、臨機応変に対応しようとした勇気は買おう。だが、選んだ対応の仕方が悪かった な。」

三人を続けざまに切りつけて、血と油に塗れた長ドスを軽く振り回す。
それだけで長ドスに付着していた血と油は飛び散った。

( ´_ゝ`)「さて、次は二人いっぺんにかかってきてみるか?」

そう言った兄者の視線が自分達に向くのを感じ、残った二人の男達は目に見えて怯んだ。
男達はこのまま飛び掛るか、逃げ出すか決めあぐねているようだ。
だが、兄者は怯んでいる男達の次の動作待ってはやらない。
一足飛びにゴルフクラブを持った男へと接近。
相手が戸惑いから回復する前に、長ドスの先端を目へと突き刺す。
長ドスの切っ先が相手の眼窩の奥、脳をかき回した。
男は口から意味の無いうめき声を上げて倒れる。
しばらく痙攣するように手足を動かし、地面を転がったが数秒後には動かなくなった。

726 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/06(金) 23:46:36.97 ID:D2HXjkuY0

「ひっ!!!!!」

残った木刀を持った男は短い悲鳴を上げると、その場から逃げ出した。
面子も糞も、全ては命あってのものだ。
エレベーターは先程の攻防を眺めているうちに下に言ってしまったし、ボタンを押して扉が開くのを待っているような余裕は無い。
急いでエレベーター横の階段へと走っていく。
だが、兄者は急ぐそぶりは見せず、先程、延髄を切られて絶命した男が取り落とした刀を拾い上げる。

( ´_ゝ`)「戦利品・・・・・・。」

その澄んだ刀身を眺めながら呟いた。

( ´_ゝ`)「おお、日本刀男よ、死んでしまうとは何事じゃ・・・。」

呟くと、兄者は満足できない事でもあるかのように首をかしげる。

( ´_ゝ`)「兄者は日本刀男を倒した。日本刀男は日本刀を落とした。」

どれだけ呟いてみても、何時ものツッコミは来ない。
弟者ともはぐれているのだから当然だ。
何時までたっても自分を止めるものが居ない事に満足と開放感を覚えつつ、兄者は逃げた男を追うために走り出す。

(*´_ゝ`)「俺、解放wwwwwwwwwwwwwwww」

兄者は開放感にまかせて階段を踊り場まで一気に飛び降りる。
体が風を切って落下していく感覚に、兄者はつかの間の自由を感じた。

745 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 00:19:15.03 ID:Uuom7KHH0

しかし、彼の感じた解放感はすぐに叩き潰される事となった。
兄者が階段を下りた先、先程逃げた木刀男を発見する。
そいつの背中めがけて急接近していく兄者。
だが、その獲物を唐突に奪うものが現れた。
いきなり、男の走る廊下の隣、開け放たれた扉から接客用のソファーが飛んできた。
兄者の目の前を、重量と速度をもってソファーが通過していく。
ソファーが側頭部に命中した男の頭は、そのまま廊下の壁に激突。
鈍い音を立てて床に沈む。
打ち所が悪かったのか、男はそのまま起き上がらない。
死んではいないだろうが、その口の端からは唾液が垂れている。

( ´_ゝ`)「・・・・・・・・・ッ!!!」

彼が驚いて、その部屋の中を覗くと、小柄な男が部屋の中にあった机を持ち上げて、ひたすら兄者の部下達を殴っているところだった。

('A`)「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。」

淡々と、一つ一つ区切るように呟きながら静かに机を振り下ろす。
鉄製の机はそんな簡単に振り回せるようなものでは無いが、男は意図も簡単に、それを持ち上げては振り下ろすという
単純作業を繰り返す。

見れば、彼の部下はすでに失神している。

746 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 00:19:31.32 ID:Uuom7KHH0

周囲には、他にも粉々に砕かれたPCやその周辺機器、回転椅子などが散 乱している。
その中には、他にも六人ほど流石組の組員達が居たが、全員失神していた。
中には、涙を流したのか、目の下に水の流れた後がある者もある。
ある者は、何かを懇願するように両手を組み、丸まったまま失神している。
手足が奇妙な方向にネジくれていたり、首が曲がっていたり、生きてるかどうかすら怪しい奴等もいる。
いま、机をぶつけられている男も生きているかどうか怪しい。なにしろ、鉄製の机だ。とても、人間の体が何度も耐えられるような重さではな い。
先程、廊下へと飛んできたソファーは間違いなくこの男が投げたものだろう。

―――こいつ、面白そう。

自分の部下を心配するよりも、兄者の頭に浮かんできたのはまずそれだった。
弟者が居なくて自由に暴れられる時に、さらにこんな美味そうな獲物がかかった。
そう思って喜んだ。
心の中で自らと神に向かって感謝を送った。
そう、その時は。

兄者は、机を持ち上げては振り下ろすという単純作業に没頭している小柄な男―――確か彼のもつリストではドクオと言ったか―――の背後に忍 び寄り、その背に長ドスを差し込んだ。
最初は浅く切りつけて、自分に意識を向けるだけのつもりだった。
だが、彼の長ドスが五ミリほどドクオの肉に食い込んだところで止まった。

747 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 00:19:58.71 ID:Uuom7KHH0

どれだけ力を入れようとも、それ以上は進まない。
眉をひそめると、そこに衝撃が来た。
ドクオの対して狙いをつけずに放った裏拳が、兄者の顔に命中したのだ。
ハエを払うような動きで、適当に放たれたその一撃が入り、兄者は後ろへと下がる。
その、後ろへと下がった足がよろめいた。
ドクオの適当に振るわれた拳には、信じられないほどの力が篭っていた。

(#'A`)「誰だよおまえ・・・・・・。」

振り向いたドクオの顔を見て、兄者はVIPに来て初めての戸惑いと恐怖を覚えた。

(#'A`)「誰なんだよてめえはッ!!!!!!!痛えじゃねえか糞ったれがあああああ!!!!!」

突然人が変わったかのように激昂したドクオが、再び両手で鉄製の机を持ち上げた。
先程までの淡々とした、陰鬱な雰囲気は、完全にその体から消え去っている。

749 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 00:20:26.26 ID:Uuom7KHH0

よく見れば、細そうに見えるのは外見だけで、ドクオの体中にはびっしり と筋肉がついている。
紙のような薄さの脂肪しかついていないのではないか、と思わせる程、ドクオの腕や足は筋肉質だった。
それでいて一切の余分な脂肪がついていない。
兄者は恥も外聞も無く、必死でそこから逃げ出した。

(#'A`)「てめえ!てめえ!てめえ!てめえ!!!刺しやがったな!!!この俺を!!!この俺を刺したな!!!俺に殴られるだけの運命の 糞虫の分際で!!!」

叫びと共に振り下ろされた机が空を切る。
度重なる衝撃に耐えかねたのか、机が破砕音をたてて砕けた。

―――なんなんだコイツは!!!!!

そこで、ドクオの視線が廊下に倒れる木刀男へと向けられる。

(#'A`)「高沢!!!!!!!!」

知り合いだったのか、木刀男へ向けてドクオが呼びかけた。
木刀男は答えない。答えの変わりか、口の端からは唾液が滴り続けている。

750 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 00:20:47.91 ID:Uuom7KHH0

(#'A`)「てめえ!!!てめえが高沢をやりやがったのか!!!!」

やったのはお前の投げたソファーだよ。
そう言う暇も無く、ドクオが別の机の上に乗ったデスクトップパソコンのモニターを持ち上げる。
もちろん、液晶画面などではない。
古めかしく、重々しいモニターだ。

―――ヤバイ

そう思った瞬間にはドクオの投げたモニターが自分の顔に迫っている。
兄者は辛くもそれを飛びのいて避けるが、ドクオはその隙に、モニターの乗っかっていた机を持ち上げている。
全身筋肉の塊なのはわかったが、ドクオが小柄なのには変わりない。
一体全体、どうやってあれだけの物を持ち上げているのか、兄者には想像もつかなかった。
だが、兄者にも一つだけ分かった事があった。
今、自分は地獄に足を踏み入れているのだと。


17 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:24:51.33 ID:zpBDe1rp0

目の前を、ドクオの振り下ろした椅子が通り過ぎていく。
兄者はそれを紙一重で避けつつも、椅子を振り下ろして伸びきった状態になったドクオの腕を切りつける。
最初にドクオの背に刃を突き立てた時は、軽くつついてやろう程度の気持ちだったが、今回は違う。
思い切り腕を振り回し、相手の腕に軽く食い込むや否や、拘束で振りぬき、なで斬りにする。
とてつもなく硬い手ごたえがあるが、無視して無理やり振り切った。
刃物で物を切るときに必要なのは、瞬間的に、狭い箇所に摩擦を加える事だ。
その観点から見れば、兄者の斬撃は十分に、いや、それ以上にに物を切断できるだけの力は持っている。
事実、刃の当たったドクオの腕は切られている。
深くは無いが、浅くは無い。
これで今までのように自由には重い物を持ち上げられないはずだ。
兄者のその思考は別に楽観的なものではなかった。
だが、ドクオは傷など関係無しに再び椅子を持ち上げて見せた。
傷を気にしているような素振りはその動作からは見られない。

18 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:25:06.68 ID:zpBDe1rp0


(;´_ゝ`).。oO(おいおい嘘だろ。筋肉に傷がついてるはずだ。 なんで今までと同じように怪力をふるえる?)
(#'A`)「てめえ!!避けるんじゃねえって言ってんだろ!!!」
(;´_ゝ`)「無茶言うなよ・・・。」

ドクオが再び椅子を振るうが、兄者はそれを冷静に紙一重で避ける。
そして相手の空いた脇腹目掛けて反撃。
もう兄者は先ほどの恐怖と驚愕からは回復していた。
ドクオの振るう椅子や机の重量から、つい避ける時の動作がオーバーモーションになってしまっていたが、今ではそれも無い。
冷静になってみれば、ドクオの振るう椅子や机は、それほど早いわけではない。
物質の重さでは落下速度は変わらないので当然なのだし、常人にとっては十分に早いと言える速度なのだが、兄者にとってはそれほど速いとは思 えない。
どうやら、ドクオは激昂しても別に力が強くなるとか、そういう少年漫画的な要素は無いらしい。
振り下ろされるときのスピードは、あの淡々と失神した兄者の部下たちを殴りつけていた時と同じだ。
その事に多少の安堵を感じつつも、兄者は的確にドクオの攻撃を避け、隙をついて反撃していく。
ドクオの体のあちこちには長ドスによる切り傷ができている。
その内のいくつかは、確実にドクオの筋肉を完全に切断、とまでは行かなくとも、筋肉繊維を傷つけているはずだった。
だが、ドクオは怯まない。
痛みを感じる素振りも、動きが鈍るような兆候も見られない。
あの時、兄者の部下に机を叩きつけていた最初から、今こうして体中に裂傷と作っている最後まで、まったくスピードが衰えていない。

19 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:25:23.15 ID:zpBDe1rp0

(;´_ゝ`).。oO(ちょっと待て!!どうなってんだコイツの体 は!!!脳みそのリミッターがはずれてんのか?)

筋肉を傷つけないように、無意識のうちに力をセーブしているセイフティが外れているのなら、ドクオは疲労でとっくに動けなくなっているはず だ。
あれほど激しい動きだ、筋肉を傷つけないはずが無い。
いや、今ドクオの体の筋肉のあちこちには傷が入れられている。何時筋肉が重労働に耐えかねて切断してもおかしくない。

(#'A`)「楽には死なせねーぞ!!!体中全部、紙みたいにペラペラになるまで叩き潰してやる!!!」

兄者のそんな思考をよそに、ドクオはなおも叫びながら椅子を振り回す。
振り回している椅子が壊れれば、次は机。
それもまた壊れれば、今度は棚の中に並べられている物を手当たり次第に投げつけ、無くなれば棚を持ち上げて振り回す。
兄者が、既に傷のできているドクオの右腕へと、再び長ドスを走らせる。
太い筋肉の束を、まとめて切り裂く感触。
長ドスがドクオの右手の腱を完全に切断した。
が、ドクオは痛みを感じる様子もなく、再び棚を持ち上げた。

――ありえない。
兄者の頭の中がその一言で埋め尽くされる。

21 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:26:04.53 ID:zpBDe1rp0

(;´_ゝ`).。oO(壊れた筋繊維の再構築が異様に早いのか?い や、こんな速さでの回復などありえない。
そもそも、もう右手を動かす事はできないはずだ。神経だって切ったかもしれない。こいつは筋肉と神経で動いているんじゃないのか?馬鹿な、 それこそあり得ない。思い込みや自己催眠で力を引き出すとか、そういうレベルでもない。)

考えても答えは出ない。
兄者はそこで覚悟を決めてドクオの間合いへと自ら踏み込んだ。
ドクオの振り下ろした棚が目前に迫る、が、兄者はドクオの腕が振り下ろされる前に、棚の下をくぐる。
ドクオの攻撃を避けながら反撃しても、ドクオの主要な急所や臓器はなかなか攻撃できない。
何より、近づきすぎれば逆にこちらが反撃を食う場合がある。
この場合の反撃を受けると言う事は、即、兄者の戦闘不能を意味する。
ドクオの怪力で振り下ろされた棚やら椅子やらを受け止めて、無事で居られる自信は兄者には無い。
だが、兄者は恐れずにドクオの懐へと飛び込んでいく。
ラウンジを捨て、VIPに入境したあの日に、死ぬ覚悟などしたはずだ。
ドクオの攻撃を恐れる理由は無い。
そもそも、この一撃で決めてしまえば、反撃をされる心配など無くなる。

(;´_ゝ`).。oO(でも、痛いのは嫌だなあ・・・・・・。)

そう思いつつも、ドクオの胴体へむけて突きを放つ。

22 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:26:35.97 ID:zpBDe1rp0

これまでの戦いで、どれだけドクオの筋肉を攻撃したところで、大した効 果は無い事がわかった。
なだば、もう体の細部や筋肉は狙わない。
狙うのなら、体内の器官。
兄者の左手に握られた長ドスの切っ先は、静かにドクオの体にめり込んだ。
どれだけ鍛えても筋肉をつけようが無い場所、筋肉の無い場所、すなわち、鳩尾に向かって。
鳩尾というのは、心臓のちょうど下にある。
角度を計算して刃物を突き入れれば、心臓や重要な血管を切断する事ができるだろう。
事実、兄者の長ドスはドクオの心臓付近の血管を切り裂いた。
ドクオの動きが止まる。
兄者はその隙にドクオの間合いからはずれるために、横っ飛びに飛びのく。
ドクオの振り下ろす途中だった棚が、ゆっくりとその手から落ちた。

(;´_ゝ`)「・・・・・・やったか?」

恐る恐る、兄者が鳩尾から長ドスを生やしたままのドクオへと近づく。
瞬間、ドクオが動いた。
兄者の顎を、ドクオが渾身の力ではなったアッパーが打ち抜く。
腱が切れているはずの右腕で。

23 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:26:59.97 ID:zpBDe1rp0

兄者の足が、衝撃で地面から離れた。
そして勢いのままに後ろに跳び、壁にぶつかりそのまま尻餅をつく。

(;´_ゝ`)「おま・・・・なんで・・・動ける・・・?」

思わず問いが口をついて出るが、それっきり口を動かす事も、起き上がる事もできない。
足に力を込めようとすると、膝が震える。
そんな兄者に対して、ドクオが静かに、重みを感じさせる口調で言った。

('A`)「・・・理屈じゃあ・・・・ねえんだよ。」

―――いや、台詞はかっこいいけど。

腱切れても心臓付近の血管切られても平気で動いてんのは生物学的にも物理的にもおかしいだろ・・・。
そう思ったが、口は動かない。
ドクオはそんな兄者を見ながらも、鳩尾に刺さったままの長ドスを引き抜く。
傷口から血が勢いよくあふれ出した。
そのまま長ドスを握り、兄者へと近づいていく。

24 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:27:14.53 ID:zpBDe1rp0

( ´_ゝ`).。oO(俺もここまでか・・・。)

死ぬ直前には走馬灯がよぎる、と言ったのは誰だったか。
目前まで死が迫っている兄者の目には過去の思い出は何も映らなかった。
走馬灯と言うのは、脳の危機を回避するための記憶等、重要な記憶を司る脳が酸欠などで機能障害に陥ったときに、別の思い出を司る部分から何 か対処法が無いか手当たり次第に記憶をひっくり返すために見える現象なのだから、今の兄者に見えないのは当然と言えば当然だ。
兄者が自らに訪れる死を甘受しようとしたその時、ドクオは唐突に倒れた。

( ´_ゝ`)「お?」

流石に、ここまで傷を負い、血を失い動く事は流石のドクオにも無理らしい。
兄者は思わぬ幸運に感謝しつつも、自分が立ち上がれるほどに回復するまでの間、
ドクオが起き上がって再び長ドスを自分に振り上げる妄想に震えていた。





27 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 22:34:12.85 ID:zpBDe1rp0

( ´_ゝ`)「・・・・・・・・・。」

体が先程の衝撃から回復し、立てるようになると、兄者はドクオに止めを刺すべく近づく。
卑怯な気も少しだけするが、こんな化け物にまた向かってこられたら厄介だ。
というか、恐ろしくてたまらない。
しかし、兄者が倒れたドクオの握る長ドスへと手を伸ばそうとした瞬間、声がかかった。

( ^ω^)「悪いけど、そこまでにしてもらうお。」

何時の間にか部屋に入ってきていた内藤が、彼にライフル銃を向けていた。
タカラが持っていたはずのその銃を、彼が持っていることの意味は兄者にも理解できる。

( ´_ゝ`)「タカラは死んだか?」
( ^ω^)「・・・・・・」

内藤はゆっくり首を横に振った。

39 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 23:25:46.25 ID:zpBDe1rp0

―――同時刻、
事務所ビルの一角で、腹と腕に傷を負い、縛られているタカラがうめいていた。
その体には応急処置だけが施してある。





( ^ω^)「・・・・・・」

僕が首を横に振ると、目の前の男、流石兄弟の兄者と思われる男が「そうか」、と頷いた。
あの時、僕はタカラの顔面を撃ってやるつもりだった。
頭を吹き飛ばされた須藤さんのように、タカラにも頭を撃たれたヤツの気持ちをわからせてやろうと思った。
だが、何故か瞬間的に、つーちゃんと呼ばれていた女を抱きかかえながら長岡組の事務所から逃げて行くタカラの映像が、頭に浮かんだ。
僕の銃口は、何故かタカラの頭から、ライフル銃を握っているタカラの腕へと向けられていた。

40 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 23:26:05.98 ID:zpBDe1rp0

( ´_ゝ`)「撃ちたいなら撃て。俺はもうこのVIPで燃え尽きる覚 悟はしてある。」

そう言って、兄者は再びドクオへと近づいていく。
だが、僕の後ろからさらに別の声が飛んだ。

( ゚∀゚)「そうかい。死ぬ気なら、こいつがどうなろうともう知った事じゃ無いだろうな。」

ジョルジュだ。
流石組の連中かと思い身構えたが、僕はすぐに警戒をとく。
ジョルジュの腕の先には、服を掴まれて引きずられている弟者がいた。

( ´_ゝ`)「弟者・・・。」
( ゚∀゚)「蹴り倒してやった時にな、どうも意識を失ってて頭から地面に倒れたらしい。多分頭を打ってる。」
( ´_ゝ`)「・・・・・・・・・。」
( ゚∀゚)「早く医者に見せた方がいいぜ。なんとなくだが、コイツ殴られなれてなくて打たれ弱い感じがしたし。」

兄者の目には逡巡が浮かんでいる。
VIPで燃え尽きると言った彼の覚悟に嘘偽りは無いだろう。
だが、弟を見殺しにしてまでそれをすることが出来るのだろうか。
答えは、うろたえている兄者の顔を見れば明白だ。
兄者はドクオへと近づくのを止め、ジョルジュへと近づいていった。

41 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 23:26:28.05 ID:zpBDe1rp0

( ^ω^)「もうおまい等は終わりだお。大人しく運営に自首する お。」
( ´_ゝ`)「何?」
( ^ω^)「ギコさんは本気だお。今、兵装を整えて、突撃する準備をしてるお。」

先程、タカラを縛って転がした後、ギコさんから電話があった。
拷問にかけていた流石組の組員が、ついに潜伏場所を吐いたとの事だ。
「喉にも口にも歯にも拷問をかけた後だったから、声を聞き取るのが難しかったよ、ハハハ」、というギコさんの声が蘇る。

( ^ω^)「ギコさんの、元軍人で、丸ごと部隊と装備を率いてVIPに逃れてきたギコさんの事は知ってるお?」
( ´_ゝ`)「ああ、知っている。うちの組員が何人もやられてるからな。」
( ^ω^)「いくらおまい等でも皆殺しにされるお。ギコさんは手加減なんてしてくれないお。」
( ´_ゝ`)「だろうな。リストにもそんなような事が書いてあった。」
( ^ω^)「リスト?」

僕が問い返すと、兄者が懐から小さく折りたたまれた紙を出した。

( ^ω^)「・・・・・・・・・ッ!!!」

その紙には、輪呂巣会傘下の組の情報が事細かに書かれていた。

42 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 23:26:48.00 ID:zpBDe1rp0

( ´_ゝ`)「どけよ。」

兄者はそう言うと、僕の肩を押す。
僕は抵抗できずに、後ろへと数歩さがる。
兄者はその間に、ジョルジュが引きずってきた弟者を背中に背負う。
ジョルジュが止めようかどうか迷っているが、おそらくジョルジュにも余力が残されていないのだろう、大人しく兄者が弟者を背負うのを見送っ た。

( ^ω^)「・・・・・・ここから出てどうするんだお?VIPに留まり続ける限り、ギコさんに何時か殺されるお。」

僕は去り行く兄者の背中に声をかけた。
そのまま放っておく事も出来た。
むしろ、放っておいた方が、余計な警戒心を生まず、ギコさんの突撃も成功しやすくなるだろう。
だが、僕は言葉をつむがずにいられなかった。
タカラや兄者の行動で、彼等にも守りたいと思う物が、組《ファミリー》がある事を知ってしまったから。

( ^ω^)「ギコさんは僕とちがって容赦はしないお。」

須藤さんの葬儀場で、流石組の組員二人を蜂の巣にした擬古組の組員の姿が脳裏に浮かぶ。
あれはヤクザなんてレベルじゃなかった。どこかの特殊部隊のような動きと、躊躇いのなさだった。
引き金を引くことに、人を殺すことに全く躊躇が無い、与えられた命令だけを淡々とこなして行く機会のような冷たい目。
それらを引きつれ、日の当たる道を堂々と歩けないはずの経歴の持ち主であるにもかかわらず、威風堂々指揮をとるギコさん。
流石組は間違いなく皆殺しにされる。
僕にはその確信があった。

44 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 23:27:13.01 ID:zpBDe1rp0

( ´_ゝ`)「うるせーよ。」

兄者は一言だけそう呟いた。
エレベーターに向かう、兄者の後姿に、何故か頭の上半分を吹き飛ばされた須藤さんの死体の姿が重なった。

( ´_ゝ`)「こいつと一緒なら、俺はどこまでも走れる。」

兄者はそれだけ言うのと、エレベーターの扉が閉じるのは同時だった。
数分後、外で花火のようなものが打ち上げられた。
それを合図にして、事務所ビルの中から流石組の組員のほとんどが撤退していった。
見逃したものが数人ビルの中に残っていたが、すぐに取り押さえられた。
捕らえられたか、殺されるかした流石組の組員が14名。
対して、武運組、長岡組の死者、重傷者は合計60名を越えた。
だが、死者の数を聞いても僕の頭の中には流石兄弟の姿が浮かんでいた。


それから八時間後、今回の件の事後処理に追われる僕に、ギコさんから再び電話が来た。
流石組の潜伏場所に突撃をかけたそうだ。
室内でプラスチック爆弾、手榴弾、機関銃を惜しみなく使って、皆殺しにしたそうだ。
流石兄弟の死体は見つからなかったが、帰り際に建物に火を放ったという。
最後に、逃れた流石兄弟がどこかに潜伏しているかもしれないから気をつけろ、とギコさんは言った。

45 名前:
◆bP2qfddi66 投稿日: 2006/01/07(土) 23:27:28.51 ID:zpBDe1rp0

だが、僕はあの二人が死んでいる事を確信していた。
何故かは分からないが、僕にはわかった。
彼等は生きては居ない。

僕は一息つくと、事務所ビルの外に出る。
夜はとっくに明けているし、太陽は既に殆ど南中している。
だが、冬の空気は容赦なく僕を凍えさせる。

僕は空を見上げた。
ついさっきまで戦っていた人間が、目の前で生きていた人間が、あまりにもあっけなく死んでいく。
僕もいつかあっけなく死んでいくのだろうか。
そんな時、思い浮かぶのは一人の少女の姿だ。
――――ツン。
ツンは今、組長と共に他板に旅行に行ってもらっている。
流石組の突撃から逃れさせるためだが、詳しい事情は教えていない。
帰ってくるのは明日だ。

僕は事務所の中へと事後処理のために戻った。
ツンや組長が帰ってくるまでに、全てを終わらせておきたかった。
僕にはまだ、やらなければならない事が残っているのだ。


第十二話 Brotherhood Side2・完


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